シンガポールの経済成長の話し

シンガポール金融と経済成長の話し

最近私の会社経営をしている友人がこぞってシンガポールに移住しています。なぜそのようなことがおこるのだろう。まずは税金が安い、またアセアンなど経済成長が続く地域に近く、人材の確保などさまざまな点があると思う。そこで今回はシンガポールの経済などを研究してみたい。

 

国立社会保障・人口問題研究所のホームページを見ますと、日本の過去、未来いろんな時点での人口ピラミッド をみることができます。例えば60年前の1950年(昭和25年)から30年毎の変遷をみてみると以下の通りです。

 

1950年(60年前)
http://ameblo.jp/aoki1981/image-10671260614-10795859615.html

 

1980年(30年前)
http://ameblo.jp/aoki1981/image-10671260614-10795859659.html

 

2010年(現在)
http://ameblo.jp/aoki1981/image-10671260614-10795836125.html

 

2040年(30年後)
http://ameblo.jp/aoki1981/image-10671260614-10808026692.html

 

 

いやー、改めてうなってしまいますねえ。

 

さて、過去5回にわたり、藻谷浩介氏著「デフレの正体」−経済は「人口の波」で動く−、をモチーフにお伝えしてきたのですが、この本のポイントは、

 

日本の生産年齢人口の減少という問題が、世間一般では何故か「生産力の低下」という「供給サイド」の問題にフォーカスされ、従って「労働生産性」の向上議論に置き換えられがちなところを、そうではなく、生産とは裏表の関係にある「需要サイド」、消費力に軸足を置いて分かりやすく説明されている点にあるかと思います。

 

生産に関しての効率議論はよくなされるのですが、消費に関しての効率議論というのは確かにあまり聞いた事がありません。そういった生産力とは裏表の関係にある消費力を考える上で特に興味深い問題提起がありますので以下引用いたします。(同著P172〜174より)

 

 

「国民総時間」の制約を破ることは可能なのか?

「人口の減少は、国民が経済活動に使える時間の総合計=人口x365日x24時間(これを「国民総時間」と仮称させてください)の減少でもあります。不可避の人口減少に伴い日本の「国民総時間」がどんどん減っていく中で、GDPを成長させる(あるいは一定に保つ)ためには、国民一人一人の一時間当り生産水準と消費水準をどんどん上げていかなくてはなりませんね。前者の時間当たりの生産水準は、機械化や生産技術の革新などで果てしなく高めていく事が可能だと思いますが、後者の時間当たりの消費水準に関しては、これを際限なく伸ばしていく事が可能なのでしょうか?

 

生産しても消費されなければ、輸出に回すか在庫に回すしかありません。輸出に回すだけでは限界があるというのは、今世紀初頭の「戦後最長の好景気」の最大の教訓です。在庫に回すのでは、三面等価でGDPの外形は膨らみますが、実態としては早晩在庫が腐るリスクを増すだけです。ということで日本経済が成長できるかどうかは、国民一人一人の一時間当りの消費水準を伸ばしていけるかにかかっているわけです。この水準を以下では「消費の対時間生産性」と呼びます。消費の生産性というのは変な表現ですが、生産性と言う言葉自体を使わないわけにはいかないのでお許し下さい。

 

さあいかがでしょう。日本には、人口x二十四時間x365(366)日しか時間がないのです。その中で消費に回す時間をこれ以上増やせるのか。難しいとすれば、時間当たりの消費単価を上げるしかない。それは従来よりも高価なものを消費してもらうことによってしか達成できませんね。どうやったらそういう傾向を作り出せるのでしょうか。そういう傾向を長期的に継続させる事は可能なのでしょうか。

 

たとえば高価な車やヨットを買わせるとしましょう。でもそれに乗るには時間が必要です。高価なステージを見に行くとしましょう。やっぱり時間が必要だ。高価な食材を買って、食べずに貯めるとか捨てていくとかすればいいのでは?そうなんです。「買うだけで使わない」という行動を増やしていかない限り、どこかで消費に使える時間の限界が来てしまうのです。

 

こういうふうに時間を単位にして考えると、一人当たりの消費水準がすでに高くしかも人口が減っている日本のような国での、一人当りではなく総額としての経済成長がいかに困難か、よくおわかりいただけると思うのです。人間が消費というものに飽きないまるで買い物中毒やギャンブル中毒のようにカネと時間があればより高い商品やサービスの購入につぎこみ続け、しかも買った後には使わない、という状況を想定しない限り、「消費の対時間生産性」がいつまでも伸び続けるというのは想像できません。

 

一つの打開戦略は、すでに最初の方でお話ししたように、日本の商品がフランス、イタリア、スイスに対抗できるようなブランドを獲得していくこと、国民自身が、そういうブランド価値の高い商品をなるべく消費することです。これは単価上昇を通じて、確かに「消費の対時間生産性」を上げます。ですがすべての商品がそうなるというわけではありません。といいますか日本の諸産業の多くは、現実に過当競争の中での値下げ競争にあえいでいます。彼らが値下げすればするほど、逆に、「消費の対時間生産性」は下がっていってしまいます。

 

近代経済学もマルクス経済学も、労働と貨幣と生産物(モノやサービス)を基軸に構築されてきた学問です。ですが現代の先進国において絶対的に足りないもの、お金で買う事も出来ないのは、個人個人が消費活動をするための時間なのです。最も希少な資源が労働でも貨幣でも生産物でもなく実は消費のための時間である、というこの新たな世界における経済学は、従来のような「等価交換が即時成立することを前提とした無時間モデル」の世界を脱することを求められています。

 

我こそは経済学を究めん、と思っている方。ぜひこの「時間の経済学」を考え直し、そして、国民総時間の減少という制約を日本は乗り越えられるのか、という私の問いに答えを出してください。

ユーロドルは1.37近辺、豪ドル/ドルは0.96台後半へと下落する場面もあった。ただ、週央からは再びドル売り圧力もみられ、ユーロドル1.40台、豪ドル/ドル0.99手前まで上昇する動きをみせた。原油先物も79ドル台から83ドル台で振幅した。注目されたのがG20での対立が予想される中国と米国だった。中国は3年ぶりに利上げを実施、 市場に冷水を浴びせかけた。しかし、景気過熱の抑制として評価する見方も多かった。一連の中国経済指標はほぼ予想通りだった。米国関連ではガイトナー米財務長官 の発言が注目された。対ユーロや対円でこれ以上のドル安の必要はないとの報道 でドル買いが強まる場面もあった。ドル円は80円台後半と15年来の安値を更新も、 81円台後半に反発するなど安値圏で振幅した。市場介入は困難との見方も広がった。 G20をめぐって市場は神経質に振れ、相場の方向感が錯綜する週となった。